ふたりのzakki

ふたりのzakki

とかくこの世は生きにくいのだ。

他人の家を片付けて、自分の死に様を考えた(tobe)


祖父が12年前に死んで、癌で亡くなった祖母が1周忌を迎えた。
誰もいない家には月に数回、親戚が出入りして管理している。

人の住まなくなった家は朽ちるのが早いと聞く。



人をもてなすことの多かった家で、冷凍食材、乾麺、缶詰…とにかく買い込まれたあらゆるものが戸棚や冷蔵庫の奥で眠っていた。
祖母の生前も母は帰るたびこっそり減らしていたようだったが、もう家主の許しを得る必要もない。

1周忌を終えた翌朝。母に指示されるまま庭に大きな穴を掘って、缶詰の中身をひっくり返し始めた。(庭があるとこういうことできるんだなと人生ずっと賃貸の民は思った。)

昼前に祖母の弟夫婦もやってきて片付けに当たった。


冷凍の肉も魚も転がした。日付が確認できた一番古いものは1993年製造の茶葉だった。
真っ白のはずの薄力粉が茶色になり菌で糸を引き、乾燥昆布がカビで真っ白に、上白糖はスライムに化けていた。
階段下の物置からは大量のネズミのフンと、奴らに齧られた細かいビニールや紙屑が出てきた。

二十余年、ここには年に一度訪れていた程度でほぼ他人の家に等しい。親戚と母に指示されるままに働き、そうしているうちに不思議に思ったことがあった。
私も含めた全員がこのバケモノみたいな食品や臭く汚い片付けを「やらされている」と感じていない。これだけ片付けないまま世を去ったことに悪態をつく人間も誰もいなかった。


祖母と祖父の生き様がそうさせていた。思い出と笑い話がこぼれ、各々が心の底から己の使命と恩返しのために手を動かしていた。


 

人の庭に穴を掘って食べ物を捨てる貴重な体験しながら、死に様ばかり考えていた。
二人を弔う感情ではなく、今生きる人間として祖父母が羨ましくて仕方がなかった。

長生きをするなら、こんな逝き方がしたかったな。



祖母は入院していて余命が分かっていたので家族全員が見舞いに来られた。祖父の葬式にはなんだか大勢の人がいた。

あのときは本当に世話になって。
惜しい人を亡くした。
もっとあんたとしたいことがあったよ。

そう口にする人たちを見るたびに孫として誇らしく思う半分、絶対に超えることのできない強大な壁を目の前にした気持ちになっていた。

あと50年余生きても、この景色は絶対に望めない。と、思う。
余裕のある一軒家を持ち客をよく招き、早期退職したあとは老後の生活を悠々自適に。相手を信用しいくらでも手を差し伸べお互い様で暮らしていく。
そういう時代じゃない。

 

おまけに世界では増加し続ける人口が食糧を喰らい尽くし、そう遠くなく戦争が起こるとか囁かれて久しい。妙なウイルスでそうじゃなくても不穏な火種はいくらでもあるし、自然の猛威も猶予なく待っている。

そういう未来の待っている地球に、誰かと寄り添って子孫を残そうという気概は持ち合わせていないし孤独死の老人になるまで粘る理由もない。


「人間は豊かになるほどに不幸になる」という統計結果をどこかで聞いた。
考えるほど絶望的だ。



築50年の祖父母の家は、主人を失ってもなお温かさを伴ってそこに在る。

 



(去年書きかけてたの無理矢理仕上げた)
tobe

ファザーコンプレックス(tobe)

「なんだその態度は!!!!」
大声で怒鳴って、机を殴る。椅子を蹴る。頬を叩く。

「泣かせたかったわけじゃないんだ……ごめんね」
バツが悪くなると頭を撫でたりしたあとそう言い残し、自分の部屋に帰っていく。



そういう父の姿は常だった。
私は大人の男の本気の怒鳴り声がいまも苦手だ。
ベルの音を聞けば涎が止まらなくなるパブロフの犬よろしく、感情を待たずに涙が止まらなくなる。萎縮する。恐怖する。

 

 

まだ周囲で結婚している友人は少ないが、26歳あたりから結婚ラッシュの第一陣が始まるらしいことを知っている。もう来年の話だ。

死生観、恋愛や結婚観の話をすることが増えた。
恥ずかしかったりリアルじゃなくてできなかったそういう話を、できるぐらい総じて精神年齢が上がってきたんだと思う。

まだ見ぬ彼氏を求めて出会いに積極的な友人、結婚式に夢を抱き貯金に勤しむ友人、母に孫を見せたい友人、キャリアが大事で結婚はどっちでも良いけどとりあえず同棲している友人。
いろいろいる。

「どんなパートナーが自分の理想か」という話をするとき、「自身の家庭や生育環境」の話に波及することは少なくない。
子どもの頃から「うちはこんな良い家族だよ」という自己肯定ベースでエピソードを話していたのだが、見栄を張らずに客観的事実を話すようになってから分かったことがある。

うちの父ってDV人間だったんじゃね?

 


・突然大声を出し物を叩いて、相手を威嚇する
・たま〜に手や足も出る
・キレる理由がだいたい「態度が気に入らなかったから」
・平均30分は中身のない説教が続く
・月1回ぐらいは何かしらを理由にキレられる
・気が済んだら急に手を引き、泣き疲れた子どもに「そんなつもりじゃなかったんだ」と優しく声をかける
バツが悪くなると立ち去る

友人たち顔を引きつらせながら話を聞いていた。
どうやら普通のお父さんはこういう風に怒らないらしい。


例えば出血やアザができるほど殴るだとか、寒空の下ベランダで一晩放置されるとか、そういう明確なものはなかった。
とくに不自由なく健康にここまで育ててもらっていることを今でも感謝している。

当時30代の父は、バブル崩壊後に就職期を迎えて、右肩上がりの経済が終わり価値観の変わりゆく社会に揉まれながら生きていた。「失われた20年」の世代だ。
理不尽な出来事や重圧が山ほどあったと思う。

50代を迎え、役職を得てから顕著に性格の変化が現れた。
今はほとんど怒鳴らなくなり、人を見下す態度もだいぶ軟化した。
経年による変化も一因だろうが、地位が安定し年収が上がり心に余裕ができたのが主要な理由だと思っている。

つまり、心の余裕がないから怒っていたのだ。あの頃は。


自分が大変だからといって、それが他人を脅かしていい理由にはならないことは言うまでもない。
それでも私は肉親の人物像をきちんと言語化するのに20年余りを擁した。

世間のDV被害エピソードを見聞きしても「ひどい親がいるもんだな」という感想を抱いて終わっていたのだけど、グラデーションが淡いだけで私もそのうちの一人だったんだろうなと理解した。

 

自分が可哀想な人間だということは案外盲点で。
そして家族という加害者を糾弾するのは本当に難しい。

 

 

父はいま、当時の話を掘り返すと「覚えてないよ〜」と笑ってごまかしたあと大体の確率で拗ねる。
面倒だなあとか、理不尽を感じている心が透ける。

 

みんなと話していると、幸せな結婚(なり人生)を歩んでくれ〜と思う反面、自分が全然そこのラインに立てていないんだと気付かされる。
フラットに自分の未来を考えることができない。ずっと、子どものころ与えられたクリスマスプレゼントの空箱の覗いて何かを探している感覚だ。
来た道の片付けが終わっていない。


ファザーコンプレックス、とでも呼ぼうか。
ニュアンスだいぶ違う気がするけど。

 

 

tobe

"推し"はエナジードリンク(tobe)

夏にハマりかけてたものとまた違う人を推しかけている。
とりあえずお金出すとこまで行ったので夏よりマジになっている。

自分で言うのもなんだけど、義理堅いなのでコロコロ好きなものが変わらない。素敵な推しコンテンツを長く応援することを大事にしたいタイプ。
少なくとも1年そこらで揺れるようなことは今までなかった。

価値観が目まぐるしく変わっている感触がある。
世界が一変してるんだから人間単位だって変わらぁな。絶対はないんだ。一生もない。


嵐のファンだった経験から思う。ずーっと好きでいられると思った。
努力を重ね輝き続ける彼らの背中は、部活、受験、就職。どのライフステージの自分にとっても指標になってくれると思った。
彼らが何かをしたわけじゃない。コンテンツは現在に至るまで素晴らしいものだと思う。
まさか自分の方からドロップアウトするとは思わなかった。人生順調レールから脱輪。
結局、自分というフィルターを一枚噛ませた先でしかその価値は定まらず、手を伸ばしたその存在をまぶし過ぎると忌避するようにすらなっていた。

そういう経験があるから、自分の応援したいと思う気持ちにあまり価値を感じていない。目の前の登山に支えとなる木の杖を探しているだけで、下山が終われば用済みになる程度だというのが割れているからだ。


任された仕事が佳境だった。
自分の手の及ばぬところでトラブルが起きて気を揉んだ。数日だったが食欲がまったく湧かなかった。
YouTubeのオススメに手を伸ばしたその先で、「推し」を見つけてしまった。

アニメ、ジャニーズアイドル、歌い手、YouTuberと様々な界隈をフラフラしてきた私がド偏見で避けていたジャンルだった。
きっと昔だったら素通りしていた。というか、心に余裕があったら偏見に基づく自己防衛でそもそも動画を再生していなかっただろう。
仕事中、少ない酸素を吸うように私はそのずっと彼のコンテンツを再生し続けた。
3分ちょっとの音源を、何時間も何時間も。

飲んだことのない、エナジードリンクを思い浮かべた。



正直、めちゃくちゃ救われた。たった1ヶ月半で、たくさん笑ってウキウキさせてもらった。偏見は知見に変わり、楽しみが幾つも増えた。
仕事がひと段落したからご褒美にCDを購入した。先行封入のシリアルで抽選に当たれば来年のイベントにも足を運びたいと思っている。


それでも、いつか離れるときのことをいつも考えている。


結局、現在地がどこであるかでしか測れない。ここではないどこかに行けたとき、私はきっと彼のことを追うのをやめると思う。ごめん。薄情でごめん。
いつか今日を思い出して苦々しい感情に駆られるぐらいなら、何かを好きになることなんて極力避けたい。のに、安寧と引き換えにコンテンツのファンになることで手に入れられるパワーは何にも替え難く、また頼ってしまう。


これ、リアルの人付き合いにも適応してねえだろうな…?と自分を疑いつつ、今は注文したCDが届くのを楽しみに待っている。

夢が醒めるまで。


tobe

10/29 夜のメモ(唯川)

私このままどこに向かっていくんだろうなぁ。どこへ向かったって許されない人生にはならないけど。

 

毎日そこそこ楽しくて、美味しいものも食べてるし、家族の笑顔も絶えなくて、心開ける友達もいる。

 

何の不自由もない。明日もきっとそこそこに生きれる。

物足りないと思うほど余裕のある毎日でもない。

 

だけど何かが足りないんじゃないかと眠れない夜がある。

娘の寝顔を見ても安らげる気分じゃない。

 

そんな夜のメモ

許せることと譲れないこと(tobe)

「"嫌だなあ"と思わないこと」を中心に行動している気がする。
この間"女性にみられるのが嫌だ"という話をした。
 

illdome.hatenadiary.com


じゃあ何なら"良い"のかといわれると、まあ「永遠の少年」が人生のテーマではあるんだけども、具体的な行動規範は案外ない。境界も曖昧だ。
この問題に限らず結構いろんなところで、「◯◯以外」という物事の選び方をしていたりする。

これがいい、は難しい。


「人生皆、イヤイヤ期なんじゃないか?」なんて。子育ても経験していない人間が言うと、ナメるなよ!と怒られそう。でも他人の拒否感情なんて、大人になろうと言葉に長けようと、到底理解できない気がする。
自分のイヤも同じで、人に行動を要求する形で伝えても仕方がない。
言えば嫌なことが起こらなくなる、と思うから不満が出る。お前の嫌は一生続く。

あらゆる価値観のすれ違いに対して、「まあ自分がわかってっからいいよ」と思える穏やかさでいたい。
それは諦めることと同等だと思うので、一抹の虚しさは伴うけれど。

まだ道半ばだけれど、コレ王道じゃないのか、と思う意見を抱くたびに、少しずつ上手に虚しさを消化している。


「本当に嫌だなあ」と思うこと
と、嫌だけど許せることがある。

譲れないときだけ反抗して生きていこう。たとえ世界を己が快適さのままに染められても、絶対に不幸になる人が一定数出てくるのだ。分かり合えない我々は、お互いの相違点を見ないフリして調和を保っているだけだから。
世界〜はひ〜とつ〜♪じゃ、全然ない。
その人たちの不幸の上に立ってまで、抑圧のない精神を手に入れたいとは思わない。


この間、次のキャリアのスカウトをやんわりと受けた。三十路過ぎた頃にどうですか、とのことだ。成果物をコンペティションに掛けてその先を競うような、いわゆる「食うため」の仕事スタイルの誘いだった。
「チャンスがあるならやりたいです」なんて、煮え切らない回答をした。

18の頃にも同じような話をされたことがあった。「Aの能力がダメだからBでだけ誘ってくるんだ」と否定された気分になって落ち込んだ(相手に他意はないと思うが)。煮え切らない回答すらも返せなかったと思う。

あなたにコレをやってほしい、ではなく、優秀な作品から選びます、のスタイルって自分がやる意味あるんだろうか?
いまの業態から離れるなら、お金を稼ぐという目的のためなら、早朝のコンビニバイトでもいい。興味のある職種って他にもいろいろあるし。
競争を勝ち抜いて超有名プロジェクトに関わりたい、という野心があんまりないのだ。世の中のそういうチャンスの仕組み自体を否定したいわけじゃない。

私は、嫌だな。という話。


正式に声が掛かることがあったら断ってしまおうな。ビッグプロジェクトに目を眩ませるなよ。正直、「いやいや、そう言わずに一度検討してくださいよ〜」と言わせるほど私は仕事したい相手じゃないということだ。立場が弱いし胃も痛い。


最近の若者はこれだから困る!と言われてしまいそうだ。根性なし!まだ一人前でもないのに向き不向きでものを考えるな!
…という人生の格言を賜れる古典的な上司のいる職場ではないので、ありがたく無視させていただこう。


母に「会社入ったら上司蹴ってやめそう」とお墨付きのtobeより

「女性と見なされること」になんとなく抵抗がある話(tobe)

当ブログの相棒・唯川ちゃんが息を吹き返した!!(クララが立った的な)
めでたいめでたい。今度コンビニでおにぎり選ぶときは赤飯を買おう。 

さて、今回はレスしてもらったので嬉々として答えていく記事です。

 

「女性」がキショい件

ハッ…主語を捉え違えて怒られそう!炎上案件!

tobeは「自営業25歳独身女性」なんですけれども。 …この字面キショいなぁ〜。ね、唯川さんや。

というtobeの発言。もう2ヶ月近く前の記事からだけど、思いつきではなく、日頃から思っていること。私が「女性である」って、なんだかキショい。

「どこがキショいのか分からない」という唯川さんと私は、付き合いが長い。私が化粧をしてショート丈のワンピースを着て、髪を巻いていた時代に出会っている。

ちなみに現在のtobeは、端的に言えばボーイッシュ。髪の長さは肩にも付かず、だいたい黒スキニーに白いオーバーサイズのTシャツを着て、スニーカーかヒールのない革靴を履き、背中は丸まっている(これは改善中)。

 

ので、これから言うことがさらにハテナマークを増殖させそうであるけれど、
tobeは女性であると見られることに昔から反抗的だ。 

事実なのだが、キモくて嫌なのである。
ほとんど掌握できているが、トゲトゲした変な毛虫みたいなのが心中にいる。

 

昨今に始まった話ではない

私と唯川ちゃんの間には、知り合った頃からの共通の友人がいて、彼はFtM性同一性障害・体は女性で産まれたが、心は男性)だ。
彼からカミングアウトされたのは、もう6年ほど前に遡る。私たちは大学生だった。

確かに、カミングアウトによって私の立場は「ただ授業で習った人」から「当事者の友達」に変わり、今まで以上にLGBT+の話題を意識的に受け取るようになったことには違いない。
「そもそも女性とは?男性とは?」と考えるようになったし、なるべく相手の性に囚われずにコミュニケーションすることを心掛けるようにもなった。

影響は受けたけれど、それよりずっと前、
コイツは私の中に幼いころからず〜〜っといたのだ。


最初の違和感は幼稚園生のとき。
ミニモニが流行っていた当時、幼稚園では何かにつけて保護者会の費用から記念品がもらえたのだが、女の子は問答無用で「ミニモニのイラストのハンカチ・鉛筆セット」であった。

一度も使うことなく、即座にすべて母に譲っている。
単純にミニモニ嫌いだっただけかもしれんけど。それはごめんって。

また、うちの父はザ・古典的なおっさんで「顔がゲイっぽい」というだけで人を気持ち悪がるような頭の硬い残念人間であるが、
「◯◯ちゃんも高校生になったらお化粧とかするようになっちゃうんだろうなァ〜」
という発言に、幼児であった私はひどく拒否感を覚えた。
(今回はこの発言内容の是非は置いておく。おじさん断罪してたらキリがない)

オラぜってえ化粧しねえ!と決めたのは齢・5歳にしてである。反抗期早。
心での宣誓どおり、私は高校生になってもほとんど化粧をしなかった。

 
 

お嫁さん・お母さんへの憧れ

そういえば、幼い女の子がテレビで「大きくなったらパパ(みたいな人)と結婚する」だの、「将来の夢はお嫁さん・お母さん」だのと言っているのを、何度か見たことがある。自分の周りにも実在した気もする。

あーそれ、思ったことないなあ。

これは最近になって気が付いた。25にもなると結婚や人生観の話題を友達とするのだけれど、ウェディングドレスを着たい!とか、結婚式はハワイがいい!とか(これは少々大人の発想か?)、子どもは何人欲しい!とか。なんかそういう憧れ的なやつ。

自分が女性としての人生を歩み、
お嫁さんやお母さんになり得るという事実に、割とまともに気がついていなかった。



自覚とは裏腹に女性になる身体

胸が膨らみ始めるのも、生理が来るのも、上背があったくせに周囲より遅かった。
…というのもあって、友人間では話題を共有できず(すでに終わってたっぽい)、家族の間では子どもではないがゆえに話しづらかった。

もともとの趣味として、インナーはグレーかネイビーかブルーで、リボンやフリフリなんか絶対ついてないやつを買ってもらっていたし、第二次性徴のすべてが喜びの感情を伴っていなかった。
初潮を父親に伝えていいか確認されたとき、私は迷わず断った。赤飯は大好きだけど我慢した。

なんかすげえ嫌だった。

いまも背中が丸いのは、育ってしまった胸をずっと隠そうとしてきたせいだと思う。自分で下着を買うようになって、盛りブラの真逆みたいな効果のものを調達した。
姿勢の改善を図ったせいか、最近効果が薄れてきている気がしているけど。


一旦"女性"に染まろうとしてみたハタチ前

高校三年生、体育祭のダンスでポニーテールをするために髪を胸まで伸ばしていた。美容院が面倒くさかったのが半分本音。ついでに初めてパーマも当ててみた。
化粧はロクに覚えないまま卒業したけれど、制服もスカートだったし、それなりに折っていたし比較的「女子」をできていた期間だった。

そこから大学序盤までの期間、
前述の通りヒールを履きワンピースを着てアクセサリーを付け、今思えばクソみたいなクオリティの化粧を施していた。

何も趣味が変わったとかではない。
ライブハウスに演者として出入りしていたのである。(ここ笑うとこ)

 「ライブハウス」と一口に言っても想像する雰囲気は様々だと思うのでご想像におまかせですが、私の戦っていた場所は「可愛くないと勝てない」みたいな場所だった。
超下位互換版・地下アイドル現場。品定めに来るおじさま方がじろり。
酒に酔って絡まれたこともあるし、音楽関係者かと思ってLINEを教えたらパパ活が始まりかけたこともあった。

女性を武器として男性を煽ることができなければ、売れる手立てがない。

私は「女性武器全ジャンル」において実力者ではなかったのに、諦め悪く3年ぐらいその世界にぶら下がり続けた。その間に髪型と服装がどんどん、幼くなった。成熟した性を見せることへの無意識の反抗だったと思う。

解放された今、小規模キャパのライブハウスは、できることならば二度と足を運びたくない空間に変わっていた。
最低でもホール、できればドームクラスのライブが見たいお。


「女の格好」をしているだけでナンパされてた

一方その頃に、渋谷で何度かナンパされた経験がある。髪が長くてヒールでスカートを履いているが、化粧もろくにしていないというのに。
ちなみに当時より今の方が渋谷に出る回数は多いけれど、髪を短くしてから一切誰からも声を掛けられていない。(なんとなく虚しい響きな気もせんでもない)

性格の微妙さは当時も今も変わっていない。所作も大差ない。体重も落ちたので今の方がスタイル的な見栄えはマシだ。

それでも結果が物を言う。きっと世の人は記号的に「"コレとコレを身につけているこういう形状の女性"が、引っ掛けるべき対象である」ということを、本能か環境のなかで刷り込まれているのだと思う。
それもそれで、微塵も本人見てなくてキショめだよね。

面白い検証結果だ。きっといまの私も明日長髪のウィッグでもかぶってスカートを履きハチ公に立っていたら、きっとすぐに声掛かるだろうさ。

声掛けられたからなんだって話だがな
…コロナだからナンパも下火かもしれないけど。

 


「女性と見なされること」になんとなく抵抗がある

話を戻して、まとめよう。
「女性がキショい」発言は、「不相応で高尚な、くすぐったいものを押し付けられている感覚」という意味合いであった。

・「女性としての人生」に対する意識が全体的にない
・「女性だから〜〜」という他人の感覚への違和感
・性的機能としての「女性」を求められる拒否感

という感じ。tobeは事実「25歳女性」なのだけど、その字面に想像される「らしさ」の手中にいる気が毛頭しない。
本当は「らしさ」なんていらいないのにね。

その事実が、個人的な性格が手伝って面白くて仕方ない(さすが唯川ちゃんご名答)。私は世の中をからかって遊んでいるのだ。お前らの手中には収まってやらんからな!


こんな年になっても、こんな人もいるんだということ。
居ていいんじゃないすかね、ということ。

自分はいまの世の中のままでも、この点において精神を病むことはない。
だけど、もっと多様なスタンダードが受け入れられるようになれば、「女の子らしくしなさい」なんて言われて苦しむことも、「女性なのにしっかりしてるね」なんて過小評価される屈辱も、味わうことなく済む子が増えるんじゃないかなーと思う。


押し付け合わず、ひとつにならず。
認め合うだけの、生きやすい世の中になるといいよね。

 

tobe

 


P.S. 祝!初の3000字越え。経歴説明みたいなの入る文章はそれだけで長くなっちゃうな。今日は本来、別のトピックで日記書こうと思ってたんだ。でもいたく平凡な話なのでボツにした。おもろい話、していこうぜぇ。

肩書はうんち(唯川)

お久しぶりです、唯川ですよ~~~みんな待ってた~~~~?(待ってたことにする)

お久しぶりしてる間にtobeくんがたくさん更新していてくれて、読むのが大変だった(文句じゃなくて愛よ)

 

 

tobeくんの記事を読んで

こんなことが書かれていたので、返信。 

自己紹介って「年齢と性別と肩書きを〜」みたいな風潮があって、さらには成人を越えてくると「既婚か未婚か」もさらっと入ってきたりしますよね。 それに従うとtobeは「自営業25歳独身女性」なんですけれども。 …この字面キショいなぁ〜。ね、唯川さんや。

25歳、将来の夢(tobe) - ふたりのzakki


 あのね、tobeくんはほんとすぐにキッショ~とかいうんですよ。
でもキショイこと楽しんでますからね。
キショイからこそ立ち上がってる。。。。

そんでだけど、私、このキショ~がどこにかかってるのか判断しかねてる。
「25歳独身」は一般的だと思うので、「自営業」「女性」もしくは「自営業」×「独身女性」がキショイんかな?(ちょっと、真面目に分析するの優しすぎる気がしてきた、答え出ないし)

唯川的にはキショくないかな。

あ、、、だから友達なのか、、、

 

うーん、、、キショイかなぁ、、、

 

また、tobeくんがキショイ話は後程考察するとして()、

 

私の場合

そんなとこでいうと私は、「専業主婦25歳既婚子持女性」。

そして最近、それが悩みです。たいむりー。
中身ねーって思うんだよね、「専業主婦25歳既婚子持女性」。
しかも(後日詳しく書こうと思うけど)職歴なしのADHDうつ病て(もうだめ)

 


どんな肩書になったら気持ちいいだろう?

「若手起業家」「年収1000万」「最近SNSで話題の」とか付いたら爽快かな。

 


・・・なんか、そうじゃない気がしてるんだよな。

 

肩書って作れる側面もあるけど、やっぱり後から付いてくるもので。
中身じゃなくてのうんちなんですよ。(嫌いにならないで)

 

その人がどんな人か、なにを考えているのか、それは含まれてない。

 

 なにを残してきたか。

 

 

それだけで表せられるわけない。

 

 

それだけで語れる人生なんてない。

 

 

残ったものだけが私じゃない。

 

 

 

自分が大した肩書じゃないからってぶつくさ言ってるんじゃないやい。


なんの功績にもならなくて、頑張ってもすぐに結果なんて出なくて、そもそも良い結果の定義もない日々を送っていると、世界は何にも見てくれてないじゃんってグレちゃう時があるんだよ。肩書で、そうなんですねって顔されたくない。そうなんですねってちょっと私のこと知った顔したらぶん殴りたい気分になると思う(落ち着いて)。

 

最後にもう一回言いたい。

肩書なんてうんちだ!

私はこのことを忘れずに生きていきたいです。
自慢できる肩書がないことに不安や悲観や喪失感を持たずに生きていきたい。

 

肩書はうんち。(何度も言うな)

 

以上、1か月くらい鬱で更新できなかった、

唯川より